10月のやぎの歌
わたしのツノはどんな病気もいやすのさ。
そりゃサイのツノの話でしょ。薬になる。
わたしのツノはどんな毒でも消し去るよ。
そりゃ一角獣ユニコーンでしょ。ヨーロッパでは宝物。
わたしのツノは名のある大将のカブトを飾った。
そりゃシカのツノでしょ。前立てというんです。
わたしのツノをメリアドクが吹いたよ。
そりゃエオウィン姫の贈り物。指輪物語の一節です。
わたしのツノはシバの女王の宝、金と同じ 価値がある。
そりゃ象のキバ、ゾウゲです。ずいぶん昔の話でしょ。
わたしのツノはひとふりすればケチな子どもをおどかせる。
そりゃそうだ。せいぜいそうだ。その程度
お化け屋敷のお化け
十月最後の土曜日は小学校の文化祭です。5年2組はオバケ屋敷をすることになりました。ユウタの提案がとおったのです。
「そんなのつまらないのなんかやりたくあ
りません」
トシヤの提案した影絵を、すこし乱暴に反対してつぶしてしまいました。実は影絵は先生がやりたかったことなんです。ならば何をやりたいんですか。ユウタはけっしてお化け屋敷がやりたかったわけではありませんが、なんにも考えていないみんなのことを思うと、まとめやすいのはそんなところだなと思ったのでした。
ダンボールで通路をつくる、お線香をたく、風船を置いてふむとギュッというようにする、コンニャクをぶらさげる、人体模型を置いて懐中電灯でてらす。
「どこにもあるものばかりですね」
ナカノ先生はかなり不機嫌そうに言いました。
「他にないようなお化け屋敷をつくってみ
ましょう」
それで実行委員は困ってしまいました。
放課後の教室です。どうする……と言われてもいい知恵はわきません。
「こっくりさんにきいてみよう」
ユウタはいよいよ気がすすまなくなりましたが、女の子はもう準備にかかっていました。
こっくりさんというのは漢字で「狐狗狸」さんと書きます。未来を予言したり、悩み事を解決したりするのですが、いい事と悪い事を一緒に言います。そして心と頭の中に入りこんできて、自分で判断できなくなり、ついに、わけがわからなくしてしまうモノです。そんなモノの世話になるとあとが大変です。
お告げの言葉は「コトリノス」でした。
「なんだい、小鳥の巣だってさ、カベに巣箱をかけようか」
そんなことで人はおどろきません、誰も笑いませんでした。
「学校にはどんなお化けがいるんだろう」
ユウタはつぶやいてみました。
「みんなで知っているお化けの話をしてみよう」
先生方はまた、会議をしています。放課後だいぶ時間がたったので学校はシーンとしています。
「音楽室のピアノが夜中に鳴るんだって、髪の毛の長い女の子の幽霊がひいている」
「プールの3コースを泳いでいると底にこわい顔が見えるんだって。そして足をひっぱられておぼれてしまうんだって」
「3階の女子トイレで泣き声が聞こえるので、ドアを開けると血だらけの女の子が天井からぶらさがっているんだって」
「理科室のガイコツは夜になると歩きまわるらしいよ」
ありふれた話ですが、陽がかたむいた教室で話すと、なんかそれらしく聞こえます。5人の実行委員の輪が少しずつせまくなってきました。
オバケの話をするとお化けが集まるというのは本当です。
学校には今まで長い間ここで過ごした何千人という子どもたちの思いが残されています。うれしかったこと、くやしかったことなどちょっぴりずつ残った思いがくっつきあって形ができていきます。5人の話によびさまされたいろいろな思いが集まって異界の輪ができはじめました。この時、廊下から教室をのぞきこんだ人がいたら、水まんじゅうのように5人のまわりをぷるぷるしたものがつつんでいるのを見たことでしょう。
ふとユウタはいやな感じがして、肩を手でふりはらいました。
「こんなことをしててもしょうがないよ。今日はもう帰ろう」
「そうだ、いいことがある、サクラに聞いてみよう」
5人ははじかれたようにランドセルをしょって飛び出していきました。あとには異界の輪がのこされました。
サクラは集まってきた5人を見てちょっと顔をしかめました。ユウタがふりはらった時に異界の匂いが手と肩にしみついていたからです。
「あす8時集合、ちこくした人はサルのまね」
みんな帰っていきました。
十月の夜はしずかです。虫が鳴いています。強く弱くどこも同じ声で鳴いています。サクラはうとうとしながら月がのぼっていき、あたりが明るくなるのを見ていました。しかし、みょうな胸騒ぎがやみません。
「とにかく今夜は寝よう。暗やみでなにを考えても知恵はくもる」
ひゃっとしてサクラはあたりを見回しました。だれもいないので安心しました。これって自分の知恵をじまんしていることですからね。
翌朝、だれもサルのまねはさせられませんでしたが、いい知恵はサルと同じで、ぜんぜん生まれません。
「もう1回、コックリさんやってみよう」
「よしといた方がいいよ、きのうもダメだったんだから」
しかし、もうその女の子ムツミは支度をしていました。
「コックリさんコックリさん教えてください……」
その時、教室がぐらりと揺れました。一晩のうちにずいぶん濃くなった異界の輪がコックリさんのパワーにふれて動揺したのです。おそれといかりでぷるぷるした輪はうすむらさき色になりました。
その時、サクラはあの匂いをかぎました、きのうユウタについていた異界の匂いです。そして変わったことがおきているのに気づきました。
「スズメ、お願いがあるんだ」
朝早くから草の実を食べていたスズメの姉妹が近づいてきました。
「校舎をのぞいて、変なことがあったら教えてほしいんだ」
スズメは身軽に飛びたって、すぐ帰ってきました。
「たいへん、5年2組で子どもが消えかかっているよ」
なにが起きたのかわかりませんが、これ以上の質問はスズメには無理です。
「どうしたらいいだろう」
サクラはあせって小屋の中を歩きまわりました。
ちょうど、そこに現れたのは教頭先生です。少し太り気味でいつもニコニコ笑っています。毎朝ひとにぎりのササの葉をもってきてくれます。ササは校門のわきに生えているのですぐ取れるのです。サクラは歯みがきがわりにササの葉を食べています。しかし、今日はそんなのんびりしたことはできません。
ベーベーとたて続けに鳴いて教頭先生に危険を伝えようとしました。
「おや、今朝はおなかがペコペコかい。これじゃ足りないかな」
先生はそう言ってまたササの葉を取りに行きました。サクラはすごくあせって後ろ姿に息をふきかけ気をおくりました。
「なんだか、教室のことが気になりはじめたよ。サクラ、ちょっと教室に行ってからまた来るよ。じゃあね」
気になるわりにはのんびりした足どりで教頭先生は校舎に入っていきました。サクラは必死に気をおくって、すぐに5年2組にいくように念じました。
ユウタたちはしびれたような気分でコックリさんの盤をのぞきこんでいます。うすむらさきの輪は盤にしずみこんでいって、うずの中に5人はまきこまれています。今回のコックリさんは「狗」のようです。オオカミのように口を開いた狗の影が壁に映って、子どもたちにおそいかかるように見おろしています。学校のオバケたちはぷるぷるした輪をいよいよ濃くして、自分たちのナワバリを守ろうと反対まわりのうずを重苦しくつくっています。
ドアをあけた教頭先生はびっくりしました。火事だと思ったのです。あわててけむりをはらいました。いそいでドアをしめました。火事の時は窓をしめましょうと何回も言ってきたからです。しかし、あわてて、またドアをあけました。子どもたちがいたのです。けむりをはらいながら5人を輪からひっぱり出しました。次に火がどこから出ているか確かめようとしました。大活躍です。しかしその時、我にかえりました。何も起こっていないのです。なんでもない、いつも通りの教室の中で自分ひとりがあわててさわぎまわっています。ユウタたちもきょとんと自分を見ています。実は異界の輪もコックリさんも子どもがひきだされた時、排水口の水のように教室の床にすいこまれていってしまったのです。必死だった教頭先生にはそれが見えませんでした。
「なにがあったんですか、教頭先生」
この言葉には困ってしまいました。教頭先生はあわてて言いました。
「火事、けむり、いや、おどろいて、いや、いや、きみたちを おどろかそうとして、いや、なにを熱心に話していたんだね」
さすが長年の子どもづきあい、先生はうまくごまかしたのです。
子どもたちもそう言われて安心しました。
「ひみつ、教えないよ」
「聞きたいな、こっそり教えてよ」
教頭先生はてれながら、そんなことを言って行ってしまいました。イヤミのない親切な先生でユウタたちは大好きでした。そこで先生はようやく手にササの葉を持っていることに気づきました。
「そうだ、サクラに朝ご飯だったっけ」
わざと声に出してひとり言を言いました。自分でわけがわからない状態になるとひとりごとを言うものです。手にしたササの葉だけは本物でした。
これはサクラにとってもおおよろこびでした。実は教頭先生は知らずに手に持っていたササの葉で悪霊払いをしていたのです。ササの葉で払われてはふつうのモノはたまりません。すっかりササの葉に吸い込まれてしまうか消し去られるか、どちらにしても姿を失ってしまうのです。そして、サクラがそのササの葉を食べると払われたモノの正体がわかります。この次に出くわした時には相手の名を呼んで、直接に命令することができるのです。
お化け屋敷は大好評でした。結局できたのはダンボールの迷路だけだったのですが、中に入った人はたまらなくゾクゾクします。途中からおそろしいモノに追いかけられたり、うめき声が聞こえたり、じっと見つめる目を感じたりして恐怖のあまり泣き出す子もいます。みんな1回ではものたりなくて、何回も入ります。すると、いよいよこわくなっていきます。あまり評判が高くて、受付やお客の世話をしているユウタたち実行委員はたいへんでした。でも、どうしてこんなにお客が来るのか、とうとうわかりませんでした。
サクラはササの葉についていた学校のお化けをほとんど食べてしまいましたが少しだけ逃がしてあげました。学校にはお化けがいないとつまらない、それがサクラの考えです。コックリさんもちょっと逃げ出しました。それもいいや、とサクラは思いました。お化け屋敷にこもったお化けたちははりきってお客をおどかしました。だから、文化祭にはお化け屋敷が必要なのだ、とサクラは考えました。しかし、教頭先生は、ぜったいお化け屋敷はいらない、と宣言していたので1回も入りませんでした。入ってみたい気持ちをおさえるのはたいへんでした。
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