11月


                   11月のやぎの歌
 
                吹け吹けこがらし
                かわいた鎌で斬りつけろ
                願いや夢 思い出を
                ちぎれちぎれに奪いされ
                なんとさばさばした朝だ
                人っ子ひとり見あたらない
                冬はすっぽり町をおおい
                生命のかけらも見あたらない
                ヤギは本気だ 風よ吹け

 
       
 
 11月 カマイタチ
 
 木の葉がまいこんできました。1年に1回だけ金色の派手な服に着がえるイチョウの木も、夜の寒さに元気をなくしてはらはらと葉を落としています。
 「もう、すぐ眠る時間ですね」
 サクラは声をかけてみた。 
 「ヤギの命ははかない。わしの1日はおま えさんの1年」
 その分、自分はとびはねて、いろいろなものを見て、好きなことをして暮らせるんだ、サクラはうらやましいとは思いませんでしたが、昔のことはもっと知りたいと思っています。
 さっきから4年生の男の子が小屋の掃除をしてくれています。シンゴです。新しい水、新しい草、清潔な床、これには深く感謝しています。しかし、サクラは顔を見るより先にくつの音とかにおいとかでその人を判断してしまうので、時々、相手をまちがえてしまいます。すごく大事な人なのにあいさつもしなかったりして、愛想が悪いなと思われることもあるでしょう。これは反省しています。

 なぜかシンゴの家では家族を名前で呼びます。ママはユキコなのでユッキー、パパはカツヒコなのでカッシーです。ママとパパはいつもペアルックをきめています。そして2人でよく校長室にいきます。今日もおそろいのスタジアムジャンバーで学校にきました。
 ・勉強ができないのは先生の教え方が悪いからだ。
 ・クラスの雰囲気が悪くて学級崩壊が心配だ。
 ・シンゴは家に帰るといじめられた話ばかりする。いらいらして、私にあたる。小さい時は素直ないい子だったのに、こうなってし     
  まったのは先生のせいだ。家庭内暴力が起きたら、学校はどう責任をとってくれるのだ。
 ・私がこんなに苦労しているのに、先生はシンゴの悪いところしか見ていない。私にイヤな話しかしない。いい所をみんなでほめてい
  かないと子どもは育たない。
 いつもこんな内容です。校長先生がおだやかに最後まで話を聞いてくれるので、また担任の先生に言わないでくださいと何回も念をおしているので、ママとパパは好き勝手に1時間しゃべります。2人は十分にしゃべってすっきりして、食欲が出て、昼食はどこで何を食べようかと相談しながら仲良く帰っていきます。
 2人はヤギ小屋には見向きもしません。シンゴは家で何回もヤギの話をするのですが、ママは「おおいやだ、くさいんでしょ」パパは「ヤギはバカだからな」と言うだけでした。2人が通り過ぎた時の風の気配を吸いこんでサクラはおやおやと思いました。手をつないだ2人はラブラブの感じなのに、心の中はぜんぜんちがっていたからです。
 もう一人、それに気づいたモノがいました。
 からっ風という身を切るような鋭い初冬の風の中にはカマイタチというモノがひそんでいます。季節の風とともに北の世界を飛んでいきます。日本には、すっかり枯れ葉の落ちた11月の末にやってきます。肌や服を気合いで引き裂きますが傷から血は流れません。血を見るのがきらいなのです。
 カマイタチは帰っていくママとパパのおそろいのジャンパーのそでをおそろいに切り裂きました。本当は2人の仲を引き裂こうとしたのですが、2人の仲がまったくつながっていないことを感じて、舌打ちしながら、かわりに服を裂いたのです。
 サクラはカマイタチを呼びとめました。
 「見ていたよ、いたずらばっかりして」
 「へへ、しかし、あの2人はなんなんだろ うね。見せかけだけだよ」
 「子どものことなんかまるで考えていなか ったね」
 「お互いに相手のことも考えていなかった よ、うわの空でさ。ところで、しばらくこ こにいてもいいかな。すこし早く来てしま
 ったよ、まだ葉っぱが残っているんだ」
 「ひどいいたずらしないでね、それと世界中のいろいろな話をきかせてほしいな」
 カマイタチはすっと北側のササの茂みにもぐりこみました。サクラはちょっとムッとしました。北風でヤギ小屋の匂いは南側に流れるのです。自分の匂いがいやなんだとサクラは思ったのです。
 気配を察してカマイタチがあわてて言いました。
 「いやちがうよ、ノープロブレム、ボクはいつも風上から話をすることにしてんだよ。ドントウォリー」
 サクラは少しキザだけど正直ないいヤツだなと思いました。しばらくいてもらおう、楽しいかもしれない。

 今朝、シンゴはすごく重たい気分で学校に来ました。昨夜、ママとパパはすごい勢いで学校の悪口を言ったからです。大事なジャンバーが破れたのは学校のどこかにクギが出ていたからで、危険だし損害を弁償してもらわなければならない、いや、まず謝ってもらうのが先だ、明日十時三十分に学校に行けば昼には街に出られる。今日のフランス料理は高い割にはおいしくなかった、明日はイタリアンにしよう。コンピュータの仕事をしているパパと小さなブティックをやっているママは好きな時に休めるのです。しかし、シンゴは困っています。今日までに出さないといけない申し込みとPTAのアンケートがあったのに、2人ともまるで忘れています。またボクが先生からイヤミを言われてしまうのです。
 学校で楽しかったことを話してもまるで聞いていないのに、友だちのイジメとかクラスのトラブルとか先生の失敗とかしメモまでとって聞きたがるのに。シンゴは一人っ子なのでママもパパも両方とも大事にしなければならないと思っています。ところが話をしようとしてもママもパパもひっきりなしにメールを送っています。まるでそこで生活しているのを嫌っているように、他のところとつながりを持とうとしています。正直なところ、2人が一緒に行動するのは学校へ行く時だけで、ペアルックになるのもこの時だけだったのです。
 「砂漠の風はすごいよ」カマイタチは話しはじめました。
 「朝、太陽がのぼりはじめると、急に暑くなるんだ。すると光のあたった所の空気が空にのぼって、そこに風がふきこむ。一瞬だけ、目もあいていられないような風が吹くよ。それから、シンとしてじんじんと耳がなるような静けさになるよ。」
 「砂嵐はすごいよ。1メートル先も見えなくなるんだ。ガラス窓のすきまから細かい砂がふきこんで、たちまち部屋が砂漠になるんだよ」
 サクラの小屋にはガラスもありません。砂嵐がきたら砂だらけヤギになってしまいます。カマイタチの話はワクワクします。
 今日も話し終わった2人が帰っていきます。今日はおそろいのセーターです。カマイタチはいたずらっぽい目でちらっと見て、すばやく身がまえました。サクラはちょっと困りました。きれいな草色のセーターです。太陽と白い雲が編み込まれています。カマイタチが切りさくと2人はこのセーターをすててしまうでしょう。それはもったいない、すごくいいセーターです。やめなよ、サクラは目で合図しました。
 「なにかカットさせてよ」
 「ちょんまげ」
 カッシーパパは髪の毛をチョンマゲみたいにたばねています。
 「OK」
 カマイタチはエイと気合いをかけてサクラをふりむきました。
 「今度パパが手をふれるとハラリと落ちるよ。木の葉みたいに。」
 サクラとカマイタチは相談しました。シンゴはつらそうです。あのパパとママの仲もいつまで続くかわかりません。何かしてやろう、そうすれば校長先生も楽になる。何を切ればいいのでしょう。
 「仕事に夢中だから仕事を切ろうか、リストラみたいにさ。ママの店だってつぶれて もかまわないね」
 「そうすれば離婚だね。シンゴはもっとかわいそうになるよ」
 「スマホを切ろうか」
 サクラのケイベツした顔を見てカマイタチはあわてて言いました。
 「ジョーク、ジョーク。そんなことボクだって分かってるって。スマホは切っても、すぐ、相手からつないでくるんだ」 
 てれくさくてカマイタチはとびっきり冷たい風をずいぶん遠くまで行ってしまった2人に吹きつけました。
 ちょっとした異変が起こりました。パパが風にふかれた髪の毛をなでた時、チョンマゲがハラリと木の葉のように落ちたのです。パパは気がつきません、ママはすぐ見つけました。
 「カッシー。へんだよ、とれちゃったよ」
 ママは笑いはじめました。パパは何が起こったのかわかりません。ママは立ち止まって、ついにしゃがみこんで大笑いをしています。なみだをこぼしハナミズを垂らして大笑いしています。
 パパはチョンマゲをひろって手にのせたままボーゼンとしています。
 「とれちゃったんだ」まだママは笑いがとまりません。パパはチョンマゲをつけてみようとしましたが、つくわけがありません。ママはようやく笑いがおさまってハンカチを取り出すとチョンマゲを包んでくれました。顔が紅くなって目がうるんでずいぶん若々しく見えました。
 「カッシー、その方が若く見えるよ」
 こんなふうに会話をしたのはひさしぶりです。パパもなんだかうれしくなってママの手をにぎりました。2人は本当のラブラブに見えました。サクラもカマイタチもそんなことは知りません。
 翌日も翌々日も2人の姿は学校では見られませんでした。

 「波がね、ふきとばされて凍るんだよ。すると白いソフトクリームみたいなアワができて、風にのって飛んでくるんだ」
 サクラのくちびるがうごいたのを見でカマイタチは言いました。
 「でも、海の水だからしょっぱいだけだ」
 「水がつめたいんだね」
 「いや風より水の方がずっとあたたかいよ、魚がね、ぎっしりかたまっておよいでいるよ、その上に乗れば歩いていけそうだ」
 カマイタチは話しながら、だんだんそわそわしてきました。海辺を自由に飛びまわったり、どこまでも続く雪の上をすべるように飛んでいきたい気持ちがわいてきたのです。
 「ごめんね、もっといたいのだけれど出発する時がきたようだ」
 「あんまりいたずらをしないようにね」
 「長い間、お世話になりました、また風にのってやってきますから」
 「来年もきてくれるかな」
 「……風しだい……バイバイ」
 ちょうどその時ふいてきたひときわ冷たい風にのってカマイタチは行ってしまいました。サクラはさびしくなって、小屋が寒々と感じました。
 「おお寒い」
 体中の毛がさかだって、サクラはやわらかくふくれました。すると体中からバラバラと毛が落ちたのです。びっくりして鏡に移った自分の姿を見ると、今までよりすっきりしておしゃれに見えます。バラバラだったアゴの毛もととのえられているのです。
 「あっ、カマイタチやったな」
 どこか遠くで笑い声が聞こえたような気でしました。
 何日かしてシンゴが小屋の掃除にきました。シンゴの顔があたたかく見えます。心の中をのぞきこむ前にシンゴが言いました。
 「パパとママすごく仲良くなったよ」
 それからずっとたって、また小屋掃除に来たシンゴが言いました。
 「ママがね、シンゴ、弟がいい、妹がいいって言うんだよ」
 それでサクラにはすっかり分かりました。
 「カマイタチはドジしたね、あいつ切ることばっかり考えていて、今度はつないでしまったじゃないか。パパとママはすっかり
 仲良くなってしまったよ、シンゴが幸せそうだから許してやるのだけれど、それにしても自分勝手な2人だね。今度、カマイタ
 チが来たら笑っちゃおう、オーミステイクって言うかもね」次の章へ


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