1月のやぎの歌
お正月のごちそうは
おせちおとそとおぞうにさ
お正月はあそぼうよ
はねつきたこあげ百人一首
お正月はおしゃれして
ふりそでよそゆきいいにおい
お正月はたのしいな
おとしだまと年賀状
お正月でもヤギだけは
いつもどおりに干し草を
もぐもぐもぐもぐ食べるだけ
さびしいって?でもだいじょうぶ
お正月は年1度それじゃあ少しつまらない
ヤギの気持ちはぴんぴんさ毎日毎日お正月
ザシキワラシ
何年か前、3年生のマサルの家は建て替えました。ひいおばあちゃんが亡くなった後、古い家をこわして2軒の新しい家が建ちました。マサルも妹も自分の部屋をもらいましたが、おいしい実のなるカキの木と、庭からもいできてすぐ食べたトウモロコシの畑がなくなりました。
部屋ができてから、親におこられても兄妹げんかをしても逃げ込む場所ができたので家族の前で泣かなくてもすむようになりましたが、ぎゃくにいつまでもムシャクシャが残って仲直りやおわびがしにくくなったのも事実です。
家をこわす前にたくさんの道具を捨てました。納戸の中につまっているさまざまなものをおじいさんはなかなか捨てられませんでした。そして最後にいくつかを学校で預かってもらうことにしました。学校には納戸がないので、椅子とか机が入っている倉庫にしまいました。ほとんどが田んぼや畑の道具でしたが、中に小さなお膳のセットがありました。お椀、お皿など木でできていて赤いウルシが塗ってあります。これは「おくいぞめ」のセットでした。昔は赤ちゃんに歯がはえて、いよいよ初めてご飯を食べさせるとき、みんなでお祝いして小さな食器のセットを用意したものです。何代か前のその赤ちゃんは大人になりませんでした。その子がマサルの家のザシキワラシです。「おくいぞめ」のセットとともにザシキワラシは学校に来ていたのです。
最初はじっと隠れていたザシキワラシも何日かたつと、少しずつ学校探検に出るようになりました。となりの2年生の教室にはヒマワリの絵がたくさんありました。それだけで1週間も楽しい思いをすることができました。すっかり学校になれた頃、ふと家がこいしくなって、ちょうど学校にきたおじいさんの背中にのって家に帰りました。ところがそこにはなつかしい家も納戸もありません。新しい明るい家には、もうザシキワラシは住めません。こんなところより学校の方がずっといいや、そう思ってもどってきたのが、ついこの前のことです。一番気にいったのは保健室です。薬の匂い、ベッドやタオルの匂いをかぐと、とても安心できるのです。戸棚や道具がたくさんあって、すぐに物陰に隠れることもできますし、人のいない時は昼間でも歩き回れます。
妹とケンカした翌日、マサルは学校へくるとおなかがいたくなりました。先生は保健室までマサルをつれてきて教室にもどってしまいました。だれもない保健室で、なんだかさびしくて目の奥が熱くなった時、マサルはベッドの向こうにザシキワラシを見つけました。1年生くらいの大きさで、なんとなく自分ににているような気がしました。
「なんていう名前?1年生?」
ザシキワラシはびっくりしました。自分の姿はふつう人間には見えないのです。ところが、ヒイヒイヒイ…おじいさんとヒイヒイヒイ…まごにあたる2人は互いに見ることができたのです。ちょっとびっくりしてザシキワラシは答えました。
「マツゾー……」
「じゃあマッちゃんだね」
「オメーは」
変な言い方だなとマサルは思いましたが、自分より小さい子なので、しかたないと思って答えました。
「マサル」
「じゃあマッちゃんだね」
「それじゃあ同じだ、区別がつかないよ」
2人は笑い合って仲良くなりました、また遊ぼうと約束しました。
ところが2人が遊んでいる時、他の人に見えるのはマサルだけ、だから他の人にはマサルが一人で走ったり、ふざけたりしているところしか見えません。みんな変なヤツと思って、みるみるうちにマサルには友だちがいなくなりました。
一緒に遊ぶ子がいなくなってもマサルはへっちゃらでしたが、隣の席に座っているアイだけは友だちでいてほしいなと思いました。アイはおとなしい女の子で、いつも一人でいます。この前もマサルがイチョウの木でザシキワラシと遊んでいる時、アイがヤギ小屋の前にいるのを見ました。アイはサクラに話していました。
「お母さんね、私をぶったあと、ぜったいトイレにいくんだよ」
この子はひどいことをされてもお母さんが好きなんだなとサクラは思いました。
「それでね、おもどししてんだよ、すごく苦しそう、それでね、わたし、だいじょうぶって言いたいんだけれど、そう言うとお
母さん、また、きれるので、わたし、黙っている。お母さん、つらいんだよ」
サクラもつらくなってきました。
「サクラ、お話きいてくれてありがとう。じゃあね。」
アイは自分を見ているマサルに気づきました。マサルはアイを呼んでみました。しかし、アイはちょっと赤くなって、走っていってしまいました。
「あの子はね、アイっていってさびしいんだよ」
この言葉を聞くとザシキワラシもはっきりとアイの姿が見えました。
「マッちゃん、アイも一緒に遊ぼうよ」
「でもアイにはマッちゃんが見えるかな」
「だいじょうぶだよ、マッちゃんが紹介してくれればアイちゃんもオイラをちゃんと見えるようになるよ」
そういえばアイもマッちゃんに似ているような気がしました、さびしそうで。
昼休みのあと、アイは教室にいませんでした。先生は軽く言いました。
「アイちゃんはどこだろう」
「さっき保健室にいました」
きっと具合が悪くて家に帰ったのかもしれない。それなら先生である自分にまっさきに知らせてくれなくてはダメじゃないか、ちょっとムカついて先生は授業を始めました。そしてアイのことは忘れてしまいました。
子どもが「お母さん」ってよびかけます。しかし、不幸な気持ちをもったお母さんにはとどきません。呼びかけた言葉も子どもの心も行き場を失ってさまよいます。子どもはお母さんを探します。部屋から部屋へと探し回って、一番、お母さんを感じる所にとどまります。ザシキワラシはいつもさびしくて、さびしそうな子どもを友だちにします。2人はいつまでも友だちでいたいと思います。この住みごこちのいい保健室が2人をとても安心させてくれます。
その晩、アイのお母さんはとても遅く家に帰りました。アイはベッドの中にいました。よく朝、お母さんは早くでかけました。土曜日なのに会社の仕事があったのです。アイはベッドの中です。顔色もいいし、熱もないし、疲れて眠っているだけだろう、ともかく学校は休みだし、このまま寝かせておいてできるだけ早く帰ろうとお母さんは決めて、会社に行くことにしました。
「お金をまくらもとにおくから、なにか買って食べてね。」
アイはピクともしませんでしたが、気がせいているのでお母さんはすぐに出かけました。
前の日からアイはザシキワラシと遊んでいます。だれもいない学校を遊び場にして2人は楽しくすごしています。アイはいろいろなことをしゃべりました。友だちのこと、先生のこと、しかしザシキワラシにはしゃべることがありません、アイの顔をのぞきこんでニコニコ笑っています。おいかけっこ、かくれんぼ、はじめの一歩、学校ごっこなど2人の知っている遊びもあります。ザシキワラシの知らない新しい遊びもあります。そのかわり、ザシキワラシはアイに学校のいろいろな所を案内しました。カギのかかっている所でも2人はスッと通りぬけられます。職員室の先生のひきだしにキャンデーがあるのをみつけて2人はなめてしまいました。調理室の冷蔵庫にアイスクリームがあるのをみつけて、これもなめてしまいました。学校って楽しいなと思いました。
アイのお母さんが家に帰ったのは午後もおそくなってからでした。会議がもめて、なかなかおわらなかったからです。アイはベッド の中です。ゆり動かしても起きません。熱もないし汗もかいていませんが、まくらもとのお金はそのままなので、きっとなにも食べていないのでしょう。その時、アイの口が動いて、学校って楽しいよ、と言いました。
お母さんにはたくさんの心配事があります。ほとんどが仕事のことです。決めなければならないこと、説得しなければならないこと、話しあわなければならないことが山のようにあります。だから自分が強くなければなりません。ずいぶんがんばってきたのです。
アイがつぶやいたのでお母さんは安心して自分もおなかがすいたことに気づきました。買い物にいかなければなりません。学校のそばまで来た時、お母さんはふいにアイが言っていたことを思い出しました。
「いやなことがあるとね、サクラに聞いてもらうんだよ。そうするとサクラはちゃんとお返事してくれるよ。」
うす暗い小屋の前で、お母さんはサクラに話しかけました。
「わたし、アイが大切でたまらないんだけれど、カッとすると自分をおさえることができなくなるんです」
サクラはびっくりして思いました。
「そんなことぜったいにない。それって自分をあまやかしているだけです」
「そうなるとわけがわからなくなって子どもをぶってしまうんです」
サクラはもっとびっくりして思いました。
「それって自分をぶつのと同じだよ。自分をぶつといたいから、いたくない方法をえらんでいるだけで、ジコチュウそのものでしょ。自分の気持ちをはれさせようとしているだけだよ」
「わたし、小さいとき自分の父親にいつもぶたれていたんです」
「それなら、いっそういたさがわかるでしょ。子どもに仕返ししないでよ。お母さん、心の中がよじれているよ」
けれどお母さんに聞こえたのはムムムというヤギの小さな声だけでした。しかし、お母さんにはサクラが話を聞いてくれていることがわかりました。
「わたし、ずっとがまんしていたんです、わたしは不幸なんです」
「ムムムッ」
「今もアイがいなくなってしまって、もっと不幸です」
「ムムムムムッ」
「私はそんな運命なんです、アイも私から離れた方が幸せになれる、どこかで幸せに暮らしてくれた方がいいんです」
とうとう耐えられなくなってサクラは怒りました。
「あんたはバカでマヌケでジコチュウで、カボチャのくせにシンデレラだと思っていて、年寄り魔女のくせに白雪姫だと思って
いて、古ダヌキのくせにウリコヒメコだと思っていて(これはお母さんにはなんのことかわからなかったようです)よし、あん
たの本当の姿を見せてやるよ」
サクラはとっておきの呪文を唱えました。お母さんの記憶にあるすべての場面をデジカメ画面のように次々と思い出して、お母さんの心にディスプレィしていきます。ただし、プログラムをちょっと変えて、アイから見たお母さんの様子になるようにしておきました。燃える火がスタートの合図になります。紅く燃える炎を見た時に記憶は次々に目の前にあらわれるのです。
学校をだらだら下ると坂のふもとに小さなお店がいくつかあってバス通りになります。道の向かいにスーパーがあって、隣に小さな神社があります。今日は子どもと大人がおおぜい集まっていました。ドンド焼きの日です。お母さんも小さい頃、柳の枝の先におもちをさして、火であぶって食べたことを思い出しました。古いお札とかダルマさんとかを燃やします。なつかしくなって、お母さんは人ごみに入っていきました。そして燃え上がる炎を見た時に魔法がスタートしました。
マサルはザシキワラシのこともアイのことも気になって、そこにいないことはわかっていてもドンドン焼きに来ていました。そして、すこし離れた杉の木のかげにうずくまっているアイのお母さんを見つけました。
「アイちゃんのお母さん、とうしたの」
お母さんは泣くばかりです。マサルはお母さんが自分のことを知らないのかと思いました。
「ボク、マサルです。アイちゃんの友だち
です。アイちゃんはボクのとなりの席にす
わっているんだよ」
前に、そんなことをアイが言っていたかもしれないとお母さんは思いました。しかし、私はせいいっぱいで、聞いてやろうともしなかった。お母さんはまた、泣きました。
「どこかいたいの、それともだれかにいじめられたの」
アイをいじめていたのは自分だ、アイは泣きたい時どうしていたんだろう。
「アイちゃんがお母さんのこと話していたから、ボク、お母さん知っているよ」
つらいひとことでしたが、お母さんは次の言葉をまちました。
「すごくいいお母さんで、アイちゃんのことをとてもだいじにしてくれるんだって」
「私はアイにひどいことばっかりしてきたんです」
「そんなことないよ、ディズニーランドにつれていってくれるし、かわいい服を買ってくれるし、映画も行くし、おいしい料理
をつくってくれるし、ボク、いつも、すごくうらやましいとおもっているんだよ。アイちゃん、お母さんが大好きだよ」
本当のこともありますし、アイが願っていることもあります。お母さんは走るように、その場をはなれていきました。
マサルは何か、たいへんなことが起きているのだと感じました。それがマッちゃんともかかわりがあることもわかりました。自分にもできることがありそうだ、ということを確信しました。
翌朝、マサルは朝ご飯のあと、すぐ学校へ行きました。日曜日です。
「忘れ物をとりに来ました」と言って、まっすぐ保健室へ向かいました。遊びつかれて眠っているマッちゃんとアイちゃんにマサルは声をかけました。
「アイちゃん、お母さんが心配しているからお家にかえろう。マッちゃん、アイちゃんとサヨナラして。アイちゃんはボクの友だちだよ」
ザシキワラシはさびしくなりました。今、アイのことを自分より大切にするマサルの様子を見て裏切られたように思ったからです。そして、その場で決心すると自分の姿をマサルにも見えなくしてしまいました。ザシキワラシは自分の小さな心にとじこもりました。保健室の戸棚のかげに、ひざこぞうをかかえて座りこみました。時々きこえるヤギの声が安心させてくれます。これから長い間、じっと自分ひとりですごすことができそうです。
サクラはとうとう、ザシキワラシの姿を見ることはできませんでしたが、保健室のどこかに、すきとおった悲しみをひそめてザシキワラシがじっとしていることを感じました。このことは自分だけの内緒にしておこうと思いました。
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