3月


   3月のやぎの歌
 
  さくらのはながさきました
  くさのかおりにワクワクし
  らんどせるせなかにしょったまま
  のはらやもりをかけあるき
  はるのうれしささがすあさ
  ならんでとうこういちねんが
  がっこうまいにちたのしいな
  さかみちはしってゆくさきは
  きらきらおひさまこうていの
  まんなかたかくあおいそら
  しろいわたぐもながれてく
  たしまきさがなはのらくさ

     
 
 チェンジリング
 
 ヤギのサクラに赤ちゃんが生まれました。はるこという名前です。1週間で1倍半 2週間で2倍 1ヶ月で3倍とみるみるうちに大きくなりました。2週間目から、もう、草を食べ始めています。しかし、びっくりするとお乳を飲みにとんでいくのは、あまえたいからで、まったく人間の子どもと同じです。10秒くらいでなくなります。もっとほしい時は、小さい頭でお母さんのおっぱいをドンドンたたくとすこしだけ、おかわりができます。
 赤ちゃんが産まれる時は苦しかったので、自分でもはずかしいほど大きな声を出してしまいました。ちょうど昼、おなかの中がキリキリいたんで、呼吸が速くなって、これはなにか始まるぞと思いはじめてしばらくして、赤ちゃんが姿を見せました。ウンウンうなっているうちにすこしずつ赤ちゃんは産まれて、ちょうど5分くらいで全部、終わりました。きれいになめてやったので赤ちゃんは元気になり、立ち上がろうとがんばって、とうとう30分後には歩こうとするようになりました。

 ふと気がつくと、たくさんの人がびっくりしたように、感動したように自分を見ています。うれしくなってベーとお礼をしました。赤ちゃんはコウノトリがつれてくるものではないし、キャベツの中にいるものではありません。キャベツだったらうっかり食べてしまうよ。お母さんが産んでくれるものだ、としみじみ思います。とすると、自分だってお母さんが産んでくれたんだよ、そんなことに気がついて、サクラは自分でもびっくりしました。
 ふかふかしたまっ白な子ヤギを見ていると、いろんな生き物の親子が見えてきます。スズメたち、ネズミたち、リスたち、みんな子どもは小さく、かわいく親に甘えています。お母さん、いいものだとサクラはしみじみ思いました。
 はるこはおてんばでピョンピョンとびはねて、サクラを心配させます。あちこちがめずらしくて少しずつ遠くの方へ行くようになりました。かわいいはるこがさらわれたらどうしよう、サクラはいろいろと魔法を思い出しながら、どれが一番いいかなやんでいます。
 ① 悪い心を持った人間が近づいてきて、さわろうとするとオオカミに変身する。
 鉄砲でうたれたり動物園に入れられたりしたらどうしよう。
 ② いたずらっ子やカラスにおそわれると、姿がふたつになって逃げ出す。
 両方ともやられてしまったらどうしよう。
 ③ 目に見えないヒモをつけておいていつでもひっぱれるようにする。
 おてんばだから、すぐにヒモをからませてしまうよ。
 ④ 首輪に専用のスマホをはめこんでおく。
 そうだ、それがいいや、さっそく作ろう。
 そう思いついた時、1年生のイクヤがお母さんと一緒に小屋をのぞきました。
 「お母さん、サクラに負けちゃったね。ボクのビーちゃんはいつ生まれるの」
 イクヤは自分が生まれた時、ビービー泣いていたと聞いて、お母さんのおなかの中の赤ちゃんにビーちゃんと名づけていました。
 「直接、赤ちゃんに聞いてみたら。」
 お母さんはまん丸のおなかをイクヤの方に向けました。イクヤはおなかに話しかけてから、耳をおしつけていっしょうけんめい聞こうとしました。ときどき足でけったりするのですが、今はしんとしています。
 「赤ちゃん、ねてるよ。お返事ないよ」
 「お母さん、赤ちゃんきっとかわいいよ、ボクを見てビービー泣くよ、ボクの指くわえてチュウチュウすうよ、おしっこした時
 すごく泣くよ、お口あけて笑うよ、ボクかわいがるよ」
 イクオは自分が赤ちゃんだった頃の話を聞いたとおりに言いました。お母さんは笑って、サクラにさよならを言って歩き出しました。
 「サクラ、もうすぐボクの赤ちゃんをつれてくるからまっててね」
 イクヤも走り出しました。サクラはベーといって2人を、いや3人を見おくりました。はるこはミーと鳴くんだよとつけくわえました。

 それをうらやましそうに見ていた妖精がいます。草の間で寝ていたら、刈りとられて固く巻かれて、干し草にされて日本に輸入されてしまったドジな妖精です。サクラのエサ箱に運び込まれるちょっと前に自由になってオドオドしているのを見て、サクラはできるだけやさしくしてやろうと思いましたが言葉がぜんぜん通じません。しかし、この妖精はチェンジリングの妖精でした。チェンジリングって?それはすぐにわかります。
 このところ毎晩、はるこは外出します。サクのすきまからこっそりぬけだしてあちこち探検してまわります。まだスマホはできていません。サクラは心配でたまりませんが、はるこはへっちゃらです。
 今晩ははるこは少し遠くまでいきました。ゲッゲッという声にひかれて池のところまで行くと、灰色の鳥がとまっていたのです。はるこは鳥が魚を飲み込むのをしばらく見ていてたずねました。
 「おなまえは」
 「わしゃゴイサギだがね」
 その時、チェンジリングの妖精がユビをふりました。はるこの後をついてきていたのです。
 とつぜん、はるこの体とゴイサギの体が入れ替わりました。はるこはあぶなっかしくクイの上に立ち、ゴイサギは困ったように草むらにいます。ヤギになったゴイサギは飛ぼうとしてひっくりかえるし、鳥になったヤギは走ろうとしてクイから落ちるし大変です。
 チェンジリングの妖精は大笑いしてもとに戻してやりました。
 サクラは話を聞いて怒りました。ツノをふるって妖精をすみっこに追いつめると、思いっきり悪口を言って小屋から追い出しました。チェンジリングの妖精は、もう行くところがありません。日本で知っているのはサクラとはること…………そうだイクオの所に行こう、そう決心してトボトボと歩きはじめました。イクオの家はマンションの一階にあります。もう遅い時間なので、みんな眠っていました。そこで妖精はイクオの夢の中に入りこみました。
 あたたかい夜です。ぼんやり雲をかぶった満月が空の高い所に浮かんでいます。その晩、とうとう赤ちゃんが生まれました。イクオはうれしくて何回もバンザイと言いました。ところが赤ちゃんはイクオが聞いていた話とすこし違いました。
 ます、きれいなピンク色ではありません、うす茶色でしわだらけです。ビービー泣くかわりにヒーヒーといういやな声で叫びます。指を差し出すとこわい顔でにらみつけて、ツバをはきだします。オシッコのくさいこと、イクオはびっくりして、がっかりしてどうしたらいいかわからなくなりました。チェンジリングの妖精は本当の赤ちゃんをどこかにかくしてしまい、自分が赤ちゃんになりすましてかわいがられようとする甘えんぼの妖精なのです。
 イクオは思いあまってお母さんに聞きました。
 「この赤ちゃんちがうよ、ボクの会いたかった赤ちゃんじゃないよ」
 お母さんは困って言いました。
 「赤ちゃんがちがってもお母さんの赤ちゃんよ。イクオのお母さんで、イクオの赤ちゃんよ」
 イクオも困って言いました。
 「でも違うよ、ボクの知っている赤ちゃんじゃないよ」
 お母さんはもっと困って言いました。
 「イクオの知っている赤ちゃんもいるし、イクオの知らない赤ちゃんもいるのよ」
 「でもボク、こんな赤ちゃんきらいだよ」
 お母さんはイクオの顔をまっすぐ見つめて、にっこり笑ってこう言いました。
 「お母さん、この赤ちゃん大好きよ、だってお母さんの赤ちゃんだから」
 それでイクオの心がきまりました。
 「お母さんの赤ちゃんならボクの赤ちゃんだよ。ボクもこの赤ちゃん大好きだよ」
 チェンジリングの妖精はすごく幸せでした。こんなに温かい思いをしたのは初めてだったからです。ずっと、この赤ちゃんのままでいたいと思いました。
 ところがそこにベーベーと鳴きながらヤギが現れたのです。それは荒々しい鼻息で、ツノを振り立てて、おそろしい姿でした。どんな魔物もびっくりして逃げ出すでしょう。屋根より大きくて、目はピカピカ光っているし、ツノはタケノコより太くてギラギラしています。
 「あっ、サクラだ」
 まっさきにびっくりしたのはイクオでした。そして怒って叫びました。
 「サクラ、だめだよ。ボクの赤ちゃんがびっくりするよ、あっち行け、早く行かないとやっつけちゃうぞ」
 今度はヤギが驚きました。あまりイクオの勢いが激しいので、しゅんとしてさっきの半分くらいに小さくなってしまいました。
 「さあ、あと3つ数えるうちに、どっか行かないとボク怒るよ」
 「いち、に、さん」
 で、目がさめました。お父さんもお母さんも隣の部屋でテレビを見ています。
 「お母さん、赤ちゃん見たよ、男だったよ、弟だ、ボクが守ったよ」
 お母さんは笑って言いました。
 「あした学校でしょ、早く寝なさい」
 お父さんも言いました。
 「弟だといいね、でもお母さんは喜ぶかな」
 2人は赤ちゃんが男か女か知っていたのですが、やさしくイクオをベッドに入れて、おでこにキスして寝かしつけました。イクオは今度は夢ひとつ見ずにぐっすり眠りました。しかし、口もとには笑いが浮かんでいました。

 イクオの夢に乗り込んだのははるこでした。妖精のあとを追っていったはるこは、サクラの姿に変身して、チェンジリングの妖精にさっきの仕返しをしました。はるこは妖精を背中にむすびつけて小屋に帰ってきました。
 「ふるさとに帰りたいんでしょう」
 「ここがどこなのかもわからないよ」
 言葉でなく伝えあう方法が3人にはありました。
 チェンジリングの妖精はイクオにやさしくされたので、自分の家族やふるさとを思い出して、すっかりホームシックになっていました。
 「帰る方法を考えてあげるから、それまでここにいなさい」
 妖精は素直にこっくりしました。サクラはナカムラ先生が春休みにアイルランドに旅行すると言っていたのを思い出したのです。ナカムラ先生のカバンに入っていれば母国に戻ることができます。その後は自分の力で家にたどりつくことができるでしょう。
 チューリップの咲く頃、イクオの赤ちゃんが生まれました。
 イクオは生まれた本当の赤ちゃんにこわごわさわってみました。自分の指をつかませたり、足の指をひっぱってみたりしました。イクオはかわいいなと思ってちょっと考えました。いつか夢の中で見た赤ちゃんだって、ぜったいにボクはかわいがるよと思いました。この赤ちゃんは男の子でなくて妹だったけれど、ボクはすごくかわいがるよ。そうだ、サクラに見せに行かなくっちゃ、サクラも喜んでくれるよ。



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